NO.5までは、前意識(意識と無意識の中間)から攻撃について述べてきました。本日からは、無意識から攻撃について少しずつお話しましょう。
幼児期後期(5歳くらい)で、心に刻まれたことは、意識しようとすると意識できるのですが、それ以前に心に刻まれたことは、なかなか意識できません。
大体の人は、1歳以前の事は覚えていません。ただ、その頃に心に刻まれたことは、無意識として、その人の人生にたびたび登場します。
例えば、「どうしても人を信じられない」と言う人がいて、その原因が分からない場合、それは1歳以前(赤ちゃんの時)に「人を信用するな」と心に刻まれたことが多いです(むろん違うこともあります)。
自分の親や自分を育ててくれた周りの人への不信感が根にあるのです。自分に冷たい仕打ちをした親や、繰り返されるちぐはぐな養育が原因とされます(無論、ちぐはぐでも、暖かい対応でフォローするならば、不信を抱かないこともあります)
攻撃に関しても同じで、1歳以前に心に持った「攻撃のメカニズム」は無意識の中にしまわれて、一生涯、その人自身や周りの人を攻撃します。
では、1歳以前に人は「攻撃のメカニズム」を持つことがあるのでしょうか?
答えは「ある」のです。ただ、それは、人間が生まれ持った攻撃本能ともいえる「死の欲動」が、1歳になる以前の置かれた環境で、様々にアレンジされて「攻撃のスタイル」になります。
「死の本能」(タナトスや、デストルドーと呼ばれることもあります)は、フロイトが提唱した理論で、人間は「無機質になろうとする欲動(内側から出て来る力)」というものです。
「無機質になる」というのは、つまり「死に向かう」ということですね。人は誰でも、この死の欲動をもって生まれると言います。
例えば、苦しくなると自殺をしたくなる思い(無論全ての人ではないですが)をはじめ、繰り返す遅刻など、自分が不利(駄目)になるのにやってしまう行動も死の欲動の働きとされます。
次回に続きます。